我が家の畑について
私達が生活し、畑で果物を育てているのは、愛知県 東海市 というところです。名古屋市のすぐ隣です。 畑に歴史あり! 我が家は先祖代々続いている 専業農家です。その時代にあった作物を色々と作ってきました。 おじいさんがわかる範囲(記憶力は素晴らしい!)で話してくれましたので、まとめてみました。 | |
ぶどう畑とその奥に見えるのがみかんのハウス 自宅から車で10分程の所にあります
みかんのハウス 合計3棟あります。
清見オレンジの木 15年もの! どんどん、大きくなってしまい 最近では手入れが大変で困っています。
| まずは、現在のぶどう畑とみかんのハウスが作ってある畑です。 広さが、ぶどう畑 25a、みかんのハウスが19aと 我が家の畑の中で2番目に大きいところです。 なんと、ここは戦争中に、飛行訓練の滑走路として山を 切り開き作られた場所だそうです。 そして、終戦後に畑にするために、開墾者を募集して(昭和29年) そこに住み込んで 畑を開墾した者が国から所有権を頂けた! つまり、元はただ!びっくりです。色々と制約はあったそうですが・・・ おじいさんは、今でもこの畑の事を飛行場のはたと呼びます その後、じゃがいも→ 落花生→ スイカ→ 玉ねぎ→ みかん→ と作り24年前に、主人が就農する時に25a分をぶどう畑にしました。 みかんのハウスは、18年前に始めました。当時、ハウスみかんが 注目されて、東海市のみかん農家でも7件がハウス栽培を 始めましたが、経費、後継者の問題などで、現在でも 続けているのは我が家と、もう1件のみになってしまいました。 ハウスみかんは、栽培技術も難しく本当に美味しいみかんが 出来るまで、何年もかかってしまいました。 次に清見オレンジ、デコポン、露地みかんのある畑 面積としては2000aと1番広いのですが、自宅から1番遠いのです。 初めの頃は、全部露地みかんで、10年ほど前までは毎年 親戚やおじいさんの知人を招いて、みかん狩り&バーベキュー大会 を開催していました。 年々両親やお手伝いしてくださる方の高齢化 露地みかんの価格の低迷などの理由で栽培面積を減らして 今では露地みかんは最盛期の10分の1ほどの栽培量になってしまい そのかわりに、収穫時期のずれる清見オレンジ、デコポンを始めたので す。清見オレンジは15年前から、デコポンは6年前から始めました。 桃栗3年、柿8年などと言われているように果物は木を植えても すぐに、収穫が出来るわけではなく、美味しい物になるまでは 更に年月がかかりますが、試行錯誤を重ねて「これだ!」という味に なった時の喜びはひとしおです♪
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